ちょっと旧聞になるが、うちのTL周りでノマドに関する話がわき上がっていたようだ。というかこの間Koshianが

■バカほど相手の意図を無視したがる

で怒っていて初めて気付いたのだが。それを読みつつ何となく思うことがあって書いたツイートは

ノマド曰く「ノマドとは」

にまとめた。

ノマド、ここでは元々の定義の遊牧民ではなく、最近のライフスタイルを定義するために借用しているのだが、これはべつに今から始まった話ではなくて、昔からある対立概念、つまりサラリーマンvs脱サラ、スーツvsギーク、大企業社員vsフリーランスといったモノの焼き直しである。

規模か精鋭か

そこでは、大まかに2つの概念があって相反している。

1つ目は、「多数が団結することでスケールメリットにより成果を出すのが最良である。故に個人が多少なりとも不便であっても、全体としての収支のために足並みをそろえて協力するのが一番」というやりかただ。スケールメリットは、どの時代においても常に強力な武器であるが、同時に大多数が協調動作するのは常に困難だ、という欠点がつきまとう。大企業などははっきりこのモデルなのだが、ここではいつもの比喩になぞらえ「歩兵型」と呼ぶ。

もう一つは、「少数が強みを生かすことによる精鋭型が最良である。故に協力関係とかは重視せず、個々人が最大限のパフォーマンスを出すことに集中すべき」というやりかたである。このやり方では、確かにスケーリングすることは難しい。しかし、個人の能力の技術によるブーストが大きくなれば、スケーリングのような阻害要因もなく強力な威力を発揮する。こちらは「騎兵型」と呼ぶ。

これはつまり以前から例えば

日本版シリコンバレーが成功しないたった一つの致命的な問題

TPP開国だの鎖国だの言う前に、目の前の敵が誰かを知るべし

とかで考察した、L.starが「歩兵vs騎兵」と呼ぶ概念である。ちなみに歴史的に見て中間解にあたるものは安定して存在しない。というのも、「安価で誰にでも使える技術」が支配的になれば前者が、「高価・稀少・訓練の困難さなどで少数にならざるを得ない技術」が支配的になれば後者になる。要素的に互いに独立しているのであまり拮抗もしない。

ただ、個々の技術的に見れば安定しないとはいえ、総合的に見ると組み合わせはある。例えばGoogleは人材面においては現代の典型的「騎兵型」ビジネスモデルだが、使うサーバーは徹底的にコモディティ化されており、完璧な「「歩兵型」である。

ノマドと、それに反感を持つ人の根底にあるもの

これを踏まえて@elm200氏の

パブリック・マン宣言

を読むと、何のことはない典型的な「騎兵型」の行動戦略を、「インターネット」という武器とともに使うということを語っているに過ぎないことが分かるだろう。成功するかどうかはまあ何とも言えない。相変わらずelm200さんらしい突っ走り方であるが、まあそういう賭をやるところからして彼らしいな、とは思う。

これが奇抜に見えるのは、それだけ日本の世の中が「歩兵型」中心に回っているからなのだ。

そもそもノマドは定員が少ない

とかKoshianが怒っているエントリたち

ノマドとかライフスタイルをテンプレで語ること自体の陳腐化と正社員とノマドの中間解 - Future Insight

ノマドワーキングを目的にすると不幸になるのでは? - GoTheDistance

を見るに、彼らは一貫して「歩兵型」を中心にして一元的世界を語っている。この視点は必ずしも間違っていないどころが、実際に日本は「歩兵型」が有利になるような諸制度が整備されているので、特殊論として今のところかなり正しい。だが、あくまで一面だけの正しさに立脚しているため、書いている人たちが思っているほど正しくもない。

正しくない理由は、日本をはじめとする現在の先進国がスケールメリットを広げていくことの困難に遭遇しているからだ。今日はタイムリーにもワタミの自殺者が労災認定を受けたことが話題になって、「日本ってブラック社会だよな」という印象を受けるエントリにあふれた。ラカンさんもこんなのを書いてる。

『ブラック企業と旧日本軍』(ワタミ化と東南アジア化)Add Star

彼が指摘する「同調圧力」は日本に「歩兵型」戦術を根付かせ、80年代までに大成功を収めた原動力になったのは事実である。しかし一方で、そのやり方が必ずしも引き続いて成功を収めているわけではない。今でも自動車業界のような成功例はあるものの、限界に達しているところも多い。

いや超過労働問題なんて一部の業界の問題でしょ、というが、実際に同僚でうつにやられたのもちょくちょく見るし、あまり他人事には見えない。実際デスマーチのようなプロジェクトも多々あるIT業界も決して他人事ではない。

・・・とおもってたらそれどころではないようだ。

平成22年度 脳・心臓疾患および精神障害などの労災補償状況まとめ

を見ると業界別に労災認定を受けた人数を見ることが出来るが、レストラン系もIT系もさほど上位ではないのが驚きである。もちろんこの数字だけでは単純に語れないが、他の業界に対して正直もうちょっとましな数字を想像していただけにショックだ。どこも大変なのだ。

このような状態が慢性化していることは、今の日本式「歩兵型」モデルに重大な欠陥があるか、そもそも限界点に達しているということを示唆しており、それゆえ持続可能性に難がある、と考えられる。持続できない「歩兵型」モデルを前提に物事を語ることにいったいどんな意味があるだろうか?

最後まで立っているのはどっちか

この2つの対立する「歩兵型」および「騎兵型」の今後の勝者がどちらになるか、ということはL.starはいつも興味を持って考えている。勝敗を決めるキーになる要素はさっきも言った「持続可能性」だ。どちらにしても、長期的に労働者の経験をうまく活用できるほうが勝ちである。使い捨ては短期的には得かも知れないが、それは長期的には首を絞めることになる。ドッグイヤーのこの時代、生き抜くのに必要なのは「変化の力」だが、ブラック企業のように力業で工数を増やして数字は上がるが、変化するための力はわいてこない。変化するためには、「ゆとり」を持つことが重要である。

どっちが勝つかという予想としては、今のところは、短期的にはやはりネットなどを武器にした特定層による「騎兵型」が優勢になると踏んでいる。それは、個人的な経験として、現状の企業にあまりゆとりがなく超過労働を繰り返させるなど持続可能性に難があるとこと、情報技術が当面一部の人に劇的な効用をもたらすこと、の2つを知っていることによる。

ただし、ノマド=騎兵型の正統後継ではないし、ブラック企業=典型的な歩兵型でもない。「ノマドとやらは、騎兵型として筋が悪い」という批判はなりたつ。実際、今のところノマドは、日本的大企業に対するアンチテーゼ以上の何かであることを証明できていない。市民権を得るためには、今後その能力を証明する必要がある。でなければ一部の個人の多様な実験結果の一つとして歴史に埋もれて消えるだろう。

 

ちなみに、たまに古代ローマとかモンゴル帝国のように「大量の個々人が最大限のパフォーマンスを出す」というキチガイ沙汰としかいいようのない例外が発生する。しかしこれは本当に例外である。ただ、先ほどあげたGoogleのようなグローバル企業はその「例外」としての重装騎兵団、つまり現代のモンゴル帝国じゃないかと思えてならないのだ。

恐るべきグローバル社会。