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書評:「孫子」 唯一無二の戦略指南書は、とりあえず100回読んで損はない
では孫子を紹介した。素晴らしい基礎概念にあふれているものの、さすがに1500年以上昔に中国で完成している本であって、中東や欧州文化のような地理的に離れた部分、後世に確立した概念など、最新まで網羅できているわけではない。それが本の価値を減ずるわけではないが、孫子だけ読んでいてもいい、というものではない。
L.starがブログを書くに当たって一番影響を受けているのは、長い読者なら知っていると思うが、ウィリアム・ハーディー・マクニールの「世界史」である。
実際調べてみると、この本について言及しているエントリは
日本版シリコンバレーが成功しないたった一つの致命的な問題
たった140字で日本を変える? ― 21世紀のイデオロギーは21世紀の技術を通じて登場する
日本のナショナリズム:企業というネイションの喪失と今起こっている勢力争いという仮説
日本とオランダの共通点って何だろう
今回の危機の発端は、金融ではなくインターネットと言ってみる。
と5つもある。
この本、「一貫した視点でで完全な世界史を俯瞰でき、しかも楽しく読める」というだけでも希有なのだが、それだけではないすごさを秘めている。欠点をあげることはいくらでもできる。初版が1975年に書かれているので、細かい歴史認識は40年前のそれであって、最新とは言い難いのはその代表例だろう。また、この本の代表的レビューはスゴ本さんの
マクニール「世界史」はスゴ本
だろうが、ここでは「所詮西洋人から見た史観」などというひどい言い方がされている。
しかし、そのような欠点はきわめて些細なものだ。何が凄いかというと、歴史の流れが理論立てて整理され、少ない原則の下に統合され、個々の、あるいは複数の歴史的イベントを点と線で結び、一貫した流れを作り出していることにある。それはまるでニュートンの古典力学のように明確で立証されているかのように見える。
この本を「歴史のイベントを学ぶ本」としては、全くなんの参考にもならない読み物でしかない。これは歴史の生き様を学ぶ、歴史のダイナミズムを知る本だ。そのダイナミズムに潜む主題こそが、このブログの執筆テーマの最も重要な軸の一つであるといっても過言でないほどL.starは評価している。
上で指摘したような欠点は、どれも些細な「歴史を点で見た」ときに目に付くものばかり。たしかにダイナミズムにこだわるあまり、しばしば詳細について疑問符が付くような解釈が付くことがある。単独で見れば。しかし、優れた小説が伏線を張り巡らせてきっちり回収していくように、マクニールは歴史上に張り巡らされたそのような伏線を見事に回収する。
例えばスゴ本にある批判の一つは「ヨーロッパ人によるアフリカの収奪を自己弁護」というものだ。たしかにこのあたりの下りは若干自己弁護間が漂うのだが、読み方を完全に間違えている。ここでマクニールが示そうとしているダイナミズムとは、欧州の築いた莫大な優位がどんどん失われていく様だ。大航海時代に莫大な富をあげ、インド・インドシナで大成功を収めた海外進出と植民地モデルが、アフリカでは多大な努力を払って容赦なく収奪した(このことも実は本文中に指摘されている)にもかかわらず黒字にならず、あげくWW2後に全部放棄せざるを得なかったことを一連の流れとして提示している。
これを理解すると「日本の朝鮮統治は赤字だったから善政だった」というネトウヨ的主張がいかにほほえましいかよくわかる。赤字の原因は善政とは関係がない(故に、善政じゃなかったと主張するつもりもない)領地拡大と言うモデルがすでにたち行かなくなっていたことの証明にすぎない。
マクニールの示す歴史のダイナミズムは、個人的には螺旋階段のように見える。例えば「騎兵と歩兵」「攻撃と防御」「発展と停滞」のような対立する概念が、偶然にしろ必然にしろ進化の過程を経て、一方が有利になったり逆に不利になったりというのが何度も繰り返される。あるときは有利だった攻撃手法も技術発展や社会の変化により他の文化に取って代わられることが、周期的に起こる。それが繰り返されつつ文化は徐々に発展していく。
また、一見無秩序に見える複数分野の関係が、例えばギリシャ論理学とキリスト教(論理と宗教!)が、今ある技術で以下に正確に世界を近似しようとしたかという一点において一直線上にあることとか、非常にわかりやすく示される。
まあ、本を読んで見えてくるもの、というのはなかなか説明しずらいもので、こればかりは「一度読んでみてほしい」と言うほか無い。読み方はさまざま。楽しんで読むのも良し、自分の史観と違うところを叩くも良し。ただおすすめは、あくまでこの本は”A World History”であり、マクニール解釈にすぎない。彼の卓越した解釈を楽しむのが本道であろう。
そしてその先に、自分なりの解釈を打ち立てることが最終目的だ。先にも行ったが、マクニール解釈はきわめて優れているとはいえ、完璧ではない。その解釈にこだわるあまり疑問符が付く表現になることも確か。それをさらにつぶすべく新しい原則を打ち立て、挑戦するのだ。まあ常人がやったところで単なる誤解にすぎないだろうが、その「誤解」こそまさにマクニールが求めていることだ。
「世界史」は、歴史について考えるための本だ。それは、我々が未来を考えるに当たってもっとも必要な行動の一つだ。
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