まず最初に、「レビュアーが魅力の書評サイト書評人」のオープンおめでとうございます。
実はL.starも誘われていたけれども、生まれてこの方書評を書いたことが無く、参加はしませんでした。(例外はエイプリルフールのニセ書評、書評:「コメントからの伝言」 ― 世界を救うソースコード中の「ありがとう」)ただ最近ブログを単に書くのに行き詰まっていたのもあって、これを機に一度書評なるものにも挑戦してみようか、と一念発起して(わざわざAmazonのアフィリエイトID取ってw)今回筆を執る次第です。
さて何を書評しようかと言うことで、自分にとって一番重要な本を選ぶべきだろう、と言う結論に達した。つまり「孫子」。学校で電磁気学を学んだとき「マクスウェルの電磁方程式さえ覚えれば、あとは展開できる」というのを教えられたが、孫子は戦略におけるマクスウェルの方程式である。
孫子には沢山あるけれども、とりあえず一番しっかりした岩波のをあげておく。また私が愛読していたのは若干古いが、同時に「呉子」も入っているこれ(の古いバージョン)
アフィリエイトを貼っておいて矛盾した行動かも知れないが、孫子はすでに著作権も切れており、青空文庫にこそ初秋されていないものの、Webにもいくつか全文がある
Web漢文体系 孫子
には原文および書き下し文が
孫子の兵法 完全版
は素晴らしい解説込みで書かれている。
孫子は春秋戦国時代、BC500年頃に孫子(孫武)によって書かれた。しかしあくまで原作者が孫武というだけであり、実際には長くに渡って改良や解説の追加が行われている。ほぼ今の形になったのは三国時代のAC200年頃、有名な曹操による魏武注孫子で、それだけでも少なくとも700年に渡って編集されていたと言うことになる。
いずれにしても何千年にも渡って高く評価されている一冊であり、その価値は計り知れず、多くの歴史的偉人に愛されている。兵法や軍事なんて何それ、と言う人であっても武田信玄の「風林火山」は知っているだろう。あれは軍争篇の「其疾如風、其徐如林、侵掠如火、不動如山」という一節である。
他にも名文がたくさんある。
彼を知りて己おのれを知れば、百戦ひゃくせんして殆あやうからず。(謀攻篇)
は戦略好きには殆ど常識であり、座右の銘とする人も多い。
孫子曰く、およそ兵を用うるの法は、国を全うするを上となし、国を破るはこれに次ぐ。軍を全うするを上となし、軍を破るはこれに次ぐ。旅を全うするを上となし、旅を破るはこれに次ぐ。卒を全うするを上となし、卒を破るはこれに次ぐ。伍を全うするを上となし、伍を破るはこれに次ぐ。このゆえに、百戦百勝は善の善なるものにあらざるなり。戦わずして人の兵を屈するは善の善なるものなり。(謀攻篇)
も「敵だから叩きのめすべき」という短絡な思考を戒める非常に重要な一節である。良く荒れた中国が脅威に立ち向かうには日本の国際化 ― 外敵の脅威をインターリージョナリズムに昇華せよはその次の「ゆえに上兵は謀を伐つ。その次は交を伐つ。その次は兵を伐つ。その下は城を攻む」の一節を念頭に置いて書いた。ここで書かれている中国包囲網というのはまさに「交を伐つ」そのものである。
まあこんな当たり前の話は置いておいて、「孫子」がどう読むべきかというとこれが難しい。なぜならこれは読む本ではない。そのエッセンスを頭にたたき込むべき本である。書かれている内容はいかな編集を繰り返したとはいえ、あまりにも古い。例えば作戦篇の冒頭。
孫子曰く、およそ兵を用もちうるの法は、馳車千駟、革車千乗、帯甲十万、千里にして糧を饋るときは、すなわち内外の費、賓客の用、膠漆の材、車甲の奉、日に千金を費して、しかるのちに十万の師挙あがる。
今時戦車千両などの品目が役に立つはずもないし、千金などと言われてもいくらか全く分からないし、そもそも10万人の兵を動員する必要など全くない。そのような読み方をしても、全く役に立たず、ここはちゃんとその意をくんで「大きな事業を興すためには諸処の準備が必要で、その上多数の手間と多額の金があって、ようやくこれが実現可能になるのである」というような読み替えをしてあげなければならない。
またその内容の深さと比して、全文はあまりにも短く、きわめて抽象的に書かれている。風林火山のくだりもそうであるし、計篇の出だしも「一に曰く道、二に曰く天、三に曰く地、四に曰く将、五に曰く法」とか、わずか1文字で重要なことが集約されている。これを読むためには書き下し文ではやはり不足で、優秀な解説に当たる必要がある。また、解説に当たるだけではなく、それを実体験とマップし、自分の中にその字を取り込んでいかなければ、本質が見えてこない。そのため、孫子には多数の解説書がある。これは古代から現代までずっと。
そしてやっかいなことに、行間の読み方、自由な解釈にこそその神髄があるのが孫子の特長だ。有名な「背水の陣」の故事などがその一例だが、しばしば「普通に読むとこうだけど、しかしこっちのほうがうまく解釈できる!」と言うケースにでくわす。そして、ここまで出来るようになれば一人前の孫子読みなのだ。
L.starが推奨する読み方は、まず基礎として、とにかく数回(出来れば10回ぐらい)読むことだ。この本はとにかく濃縮されているので、最初の頃は読めば読むだけ発見がある。意外なところに意外な名言がちりばめられている。まずはそれを知識としてたたき込むことだ。
そしてその次に、実践として個別事例の他のビジネス本などを持ち出して、比較考量すること。そうすると、実際に孫子の基本的な事項が、現実のどういう部分に結びつくのかわかる。もちろん孫子の解説書などを読むこともその助けになるが、自分なりに工夫して読むこともいいだろう。おすすめは、アプリケーション・クラウドの利益モデルで紹介したザ・プロフィット。
実は本書の中で参考書として紹介されているのだ。中盤あたり、主人公がかなりプロフィット・モデルの考えに習熟した頃に「じゃあそろそろ孫子を読むべきだろう」と出している。早すぎれば関連性が見いだせず、遅すぎれば勉強とマップする時間が取れない、と考えるとその時期は絶妙ともいえる。利益モデルは戦略の実践例としても優れているので、ビジネスとのマッピングにも役立つだろう。孫子を読み、こういった戦略書を読み、さらに孫子を読めばまた見えてくる。
そして最後に自分で戦略的なことを実践することだ。L.starは最近は主に社会派ブログを書くことでそれを実践しているが、書いたあとに読んで「ああ、ここの部分を勘案したらうまくいったのに」とか思うことしきりである。もちろん「ここの部分とこの題材を組み合わせると面白くなる」と言う例もある。
そんなことをしていると100回ぐらい読むことになるし、実際そのくらい読んだだろう。。しかし100回読んでも全く神髄が理解できた気にならない。そんな奥の深さがあるのが孫子である。
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