ここ最近世を賑わせていたのは「はやぶさ」帰還とサッカー日本代表の大活躍だ。サッカー代表の方は残念ながら決勝トーナメント初勝利はならなかったが、海外でのワールドカップ初勝利を含め、十二分の大活躍だったと思う。両者の関係者に、おめでとうそしてありがとう、と申し上げたい。
ただ同時に気になるのがそれらの成果が大変誇らしいものであるのは間違いないが、それ故に「はやぶさ2に予算を」とか「岡田監督続投を」とかという意見が散見されることである。前回の成果が誇るべきものであったことと、次回も同じことをすべきか、というのは全く別で、議論すべきは「次回の行動として合理的か」かどうかである。単純なポピュリズムでこういうことを決めるということは、してはならないことである。
岡田監督は辞任されると言うことだし、どうせL.star自体もにわかファンに過ぎないので偉そうなことをいえたものではない。一方一応理系出身でもあるからそれなりも興味もあるはやぶさ2は、あくまで次回の行動の合理性を考えるだけでも、実際やるに値すると思っている。しかし松浦氏のはやぶさ2にむけて:最後の障壁は身内にあり…かとか月で公共工事をしたいのかあたりを見ていると怪しいようである。しかもそれが俗に言われる「民主党が」「自民党が」ではなく、組織内の問題だということだが、それが事実なら本当に悲しい限りである。
ただ、こういう巨大な組織ならではの弊害というのは実際よくある話で、いろいろと耳にする。L.starは元々一匹狼な気質もあって、大企業や官僚組織をあまり信用していない。個人個人はみんな有能で、しかもいい人だというのはよく知っている。しかしそれが組織になると、評価はいきなりどん底に落ちる。組織のしがらみが誰も望まぬ社内闘争を生む。素晴らしいアイデアは幾多もあって、優秀なスタッフがたくさんいるのに、社内政治の結果出てくるものは目も覆わぬばかりの無残な代物。
そういうのをいかに継続的に取り除くか、というのをむかしからつらつらと考えているのだが、今日はそのうちの一つのアイデアを記しておきたい。題して「事業逆仕分け」である。
民主党の事業仕分けや自民党の無駄撲滅プロジェクトでは、無駄なプロジェクトを探し出してそれをつぶす、と言う形で行政の健全化をさせようとしている。特に事業仕分けはそれを表の場所で行うことで議論を喚起した、と言うところが大きい。結果として幾多のデスマーチや惰性プロジェクトに幕を下ろせたと言うだけでも、一定の成果があったと思っている。しかし、削るだけでは本当の健全化は達成できない。新たに加える方も必要である。
官僚個人個人は優秀なのだから、何人かは素晴らしいアイデアも持っているはずだ。それを宇いかに組織のなかにうもれさせないようにするかが重要である。逆仕分けでは、そのアイデアは公衆の面前でいきなり新しいプロジェクトのプレゼンをし、外部のお墨付きをもって組織に立ち向かう、というシナリオを作るわけである。
- 提案者は官僚。組織長等を通さずに「応募」できる。提案の乱発を避けるためにも、一定人数以上の連名が望ましいかもしれない。
- 提案者は逆仕分け人の前で、そのプロジェクトについてプレゼンする。その際企業や外部ジャーナリストなどの協力があっても良いだろう。
- 逆仕分け人は、それを聞いて質疑応答の後判定を下す。「必要なし」「検討の価値あり」「実施の価値あり」など
もちろん逆仕分け人の判定はあくまで参考に過ぎない。だから予算を組む「義務」はない。しかしそれが世に出て好評を博した後「やれない」と官僚組織はひっくり返せるだろうか。ここでは正義感のある官僚が自分の信じるものを売り込むような形を想定しているが、もちろん組織がバックアップするパターンもありである。そのときは財務官僚や政治家からの声を封じる役に立つ。
このような仕組みがあれば、組織内の問題(本当にあれば、だが)をバイパスして、「はやぶさ2」を「逆仕分け」し、よりスムーズに予算をつけてあげられる、ということはないだろうか。
この施策は単純だが、「組織の非効率をすり抜けて良い提案を実施に結びつけられる」というこの上ないメリットがある。いや提案できるかどうかなら、官僚個人の名人芸でできる。例えば「外圧」を巧妙に使うことで自分の意見をうまく通す、ということは日本ではよくあることだ。ただ一つ指摘しておきたいのは、逆仕分けが目指すのはそのシステム化である。提案実施のために必要なスキルを名人芸から、アイデア立案とプレゼン能力という一般的なスキルにおき換えるのが最大の目的である、ということだ。
ただあくまでこれはまだ素案レベルのものでしかなく、実施にあたって検討すべき問題を抱えている。とりあえず考えられることを以下に挙げておく。
- そもそも提案者が現れるか。外部の力を使ってプロジェクトを実施させよう、などというのは組織の裏切りに等しい行為である。正義感にあふれていて不満を持っている官僚はそれでもやるかもしれないが、そのあとどのような扱いを受けるのか。
- 組織が判定を無視する、あるいは受諾したふりをしても実際は何もしないという選択肢についてはどうするか。
- 単なる官僚の予算取りのためのシステムに堕してしまわないか。出てくるプロジェクト自体が今までと代わり映えしないようなもので、結局仕分けと何が違うのか、ということになりはしないか。
- 提案のために企業などとのやりとりが増えるだろうが、癒着などはどうなるか。企業の自社システム売り込みの道具にされないか。
- 何を持って素晴らしい提案に報いるか。責任ある地位と金一封ぐらいしかなさそうだが。
- 公開して世論を味方につけるという行為がポピュリズムじゃないのか。耳障りの良い施策ばかりがでて、本当の改革にはならないのではないか。
逆仕分けの第一弾はこのエントリで、逆仕分け人は読んでいる皆さんと言うことになるだろうか。さすがに「即実施すべき」とまではいかなくとも「検討の価値あり」と評価される程度には良くできていると思うのだが。是非あなたの逆仕分け結果をお聞かせいただきたい。