解雇規制の撤廃がもたらす、会社と労働者の力関係のシフト。
最近ふと気になった海外ニート氏の最新のエントリから。海外勤務という点ではL.starと共通するところである。
しかしこのエントリで非常に残念なのは、周りの人間もみんな、日本の社畜文化を「精神論」としてしまっているところである。しかしそれは大きな間違いで、実はあれは「制度」である。しかも何がやっかいかというと、明文化されていない制度なのだ。これにかかわらず日本の企業には明文化されていない部分が多い。欧米に比べて圧倒的に多い。なぜ欧米に比べて多いと言い切れるか?それは日本の会社が、日本人だけが働くところで意思の疎通が容易なことが一つ。国際的な企業では、お互いの意思の疎通が困難なため、明文化されていない制度など絶対成り立たない。逆に言うと、日本の会社でも国際的なところではあらゆる制度が明文化されているだろうし、たぶん現地化されたところでは明文化されていないルールも多かろう。
もう一つの理由は転職回数の少なさと、少ないほど有利であるという労働市場である。勤続が長いことにより、暗黙の社内ルールが醸成されやすくなる。しかしそれが悪であれば排除されていくのだが、勤続が長いほど良いとする社会においては排除する理由はない。それどころが、明文化されないルールはむしろ勤続者に有利なため、それを助長するインセンティブが生じる。結果、明文化されない制度はどんどん強化されていく。例えば海外ニート氏の言う
あと、どうしても腑に落ちないのは、クソ労働環境の改善には「精神論」ではなく「制度論」が必要って言うけど、今ある労働基準法だって「制度」だろ?
という話は、明文化された法律より、明文化されていない制度のほうが優先されているということになる。「会社の勝利のために自己犠牲すべき」なのか「会社は社員を奴隷扱いしていい」なのかは知らない。
明文化されていない制度は、日本では「空気」という別名で知られている。つまりエアリーデンィグと言うのは、書いてないけど守るべきルールを知るという事を要求されるわけだ。もちろん、書いてもないことを理解させるためには大変な時間がかかる。そう、10000時間ぐらい。引用記事で引用されているZopeジャンキー日記の
「精神論」より「制度論」を
というのは、そう考えれば的を得ていないことが分かると思う。海外ニート氏は実は精神論は言っていず、明文化されていない制度を糾弾しているに過ぎない。しかもそれが明文法まで上書きする勢いで、である。となると
「制度」にもいろいろあるが、政府が「強制」する規制と税金こそ、最大にして最強の制度だ。
といっても、明文法は簡単にオーバーライドされてしまうのだから。例えば解雇規制撤廃ももちろんポイントの一つなのだが、実際にそれによって流動性が上がるようになるためには、「空気」に切り込まなければいけなくなる。皆さんご存じの通り日本では空気を読まないことは悪だと見なされているので、これは大変なことだ。やれやれ、古代ローマですら共和制の初期に「十二表法」を持ち、日本だって「十七条憲法」を持ったのは聖徳太子の時代だというのに、世界は未だに明文化されていない法律に支配されているのだ。
しかし、幸運なことにこの「空気」は徐々に死につつある。例えば不景気による雇用の悪化である。この空気の醸成には長い訓練が必要である。だから新卒からたたき込む必要があるのだが、ブラックや派遣のような労働形態では10年持続しないため不可能だ。最近の若者は常識を知らないのではない。最近の社会が常識を教え込むのに失敗しているのだ。また高齢化により、ノウハウがまとめて失われるのもこの場合はありがたい。2007年問題と呼ばれたアレで、貴重なCOBOLのノウハウが失われていくのを、悲しんだ若手と喜んだ若手、いったいどっちがありがたかっただろうか。
崩壊の過程で失われることを嘆く人も多いが、良いものが同時に失われるのは仕方がないことなのだ。良く言われるカルロスゴーンに対する悪口で「あいつは大して有能な経営者じゃない。単に首を切っただけで、そのために技術の日産を支えていた人材が大量に離脱し、技術力は地に落ちた」というのがある。まあ事実かも知れないが、Z33にかつて乗っていたL.starにとってはあまりおもしろい言葉ではない。しかしもっと優秀だったかもしれない日本の経営者はしがらみという名の非明文制度にとらわれてしまって、救済に必要な措置をとれなかった。仮にゴーンが有能でなかったとしても、しがらみのない彼は、非明文制度にとらわれることなく決断を下すことができ、会社を存続させるのに成功した。こういう部分については、池田信夫氏が約束を破るメカニズムと言うエントリにまとめている。
最後に、崩壊のスピードが遅すぎて困る、と言う人のためには、分裂勘違い君劇場に人類史上何度も起きた、クソ労働環境の劇的な改善の原因というエントリがある。まあ1行に圧縮すればフロンティアがあれば労働者と経営者の関係が逆転して変わりますよ、そしてフロンティアを作れるのは民間ですよ、ということだ。しかしここでも、明文化された関係のみが並べられていて興味深い。例えばGoogleのような新興大企業が日本に登場することは、労働環境を変える役に立つだろう、というのはL.starも思っている。しかし、その際にきちんと日本の悪い非明文化制度と向き合ってつぶしておかなければ、また同じ事を繰り返すだろう。そして、そういった大企業が成功するためには、日本人以外の人材も非常に重要であろうとL.starは考えている。そうなると彼らとのコミュニケーションには明文化された制度が必要になるから、いずれにしても崩壊させないといけない。結局、こここそがボトルネックになっているのだろうな、という結論になっている。いやあるいはボトルネックではなく、渋滞のように相変異なのだろうか。
それにしても、分裂勘違い君劇場でしきりに「あなた」「あなた」と連呼されているのが気になる。L.starなら自分自身も当事者の一人だと思っているので「我々」というだろう。明文化されていない制度を崩壊させるためには、当事者全員の脳内の書き換えが必要になるから、多数が参加することが重要になる。個別に誰かが活動しても、それは各個撃破される事になるだけだ。ムーブメントとそれに沿って動く多数の民衆が必要である。理念的であれ、経済的であれ、文化的であれなんであれ。